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大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)2372号 決定 1982年8月27日

申請人 長澤久美子

右法定代理人親権者父 長澤誠一

同母 長澤久子

<ほか一三名>

右申請人ら代理人弁護士 細見茂

同 芝原明夫

被申請人 学校法人 淀之水学院

右代表者理事長 木村晃

右代理人弁護士 阪口春男

同 望月一虎

同 野田雅

同 今川忠

主文

一  申請人らの申請はいずれもこれを却下する。

二  申請費用は申請人らの負担とする。

理由

(当事者双方の申立)

一  申請の趣旨

被申請人は、別紙物件目録記載の体育館を取り壊してはならない。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文第一、第二項と同旨

(申請人らの主張)

一  当事者

申請人らは、いずれも私立淀之水高等学校(以下「本高校」という)に通学する生徒である。

被申請人は、本高校を設置し、これを経営する学校法人である。

本高校は、被申請人の肩書地に校舎を有し、現在、生徒数は一二六〇名、教員は専任五三名、講師九名、その他の職員は一四名である。又、本高校の敷地面積は一万〇三一七平方メートルであり、この敷地に別紙図面記載の通り三ないし四階建の校舎、体育館兼講堂(以下「本件体育館」という)などが配置されているが、本高校は大阪府下でも有数の過密校である。

二  本件体育館の改築計画

本高校には、その教育に関する協議・決定機関として、校長、教頭、教員の代表者及び事務長等で組織する運営委員会が置かれているところ、昭和五六年一〇月二七日開催された同委員会の席上、本高校の校長で被申請人の理事の一人でもある吉田定(以下「吉田校長」という)から、本件体育館を取壊してその敷地上に三階建の新体育館を建築するとの計画が発表された。その理由は、昭和五八年度からの生徒急増期に対応するために、大阪府私立中学校高等学校連合会(以下「私中高連」という)では私学全体で急増分の二〇パーセントを受け入れることになったので、本高校でも一学年一〇〇名の増員をしなければならず、そのためには本件体育館を三階建に改築して施設を拡充する必要がある、というにある。

三  体育館改築の弊害

(一)  高等学校設置基準(昭和二三年一月二七日文部省令第一号)第一七条によれば、校地、運動場及び校舎の生徒一人当たり面積基準は、普通科・商業科について校地七〇平方メートル、運動場三〇平方メートル、校舎一〇平方メートルとなっている。

しかるに、本高校の生徒一人当たりの校地面積、運動場面積は現状でもそれぞれ七・九平方メートル、三・〇六平方メートルしかなく、昭和五六年度の大阪府下の私立高校での生徒一人当たりの校地、運動場面積がそれぞれ二一・三平方メートル、九・八平方メートルであり、公立高校での生徒一人当たりの校地、運動場面積がそれぞれ二六・二平方メートル、一一・五平方メートルであるのと比較して、著しく狭隘である。従って、ここに更に一学年一〇〇名、三学年で三〇〇名もの生徒増をすれば、最終的には生徒一人当たりの校地面積は、わずか六・五六平方メートルとなるのであり、申請人らのうち、現在一、二年生のものは、昭和五八年度、同五九年度と逐年過密の度を増した教育を受けることを余儀なくされるのであって、本高校の教育環境、教育条件の悪化をもたらすことは明白である。

(二)  又、被申請人は、本件体育館改築工事には、約四億五〇〇〇万円の費用が予定されており、内金三億三五〇〇万円は借入金でまかなうと説明しているが、右借入金の返済のためには授業料等の値上げがなされざるを得ない。しかも、被申請人は、本高校において在校生の授業料増額は考えていないとしているのであるから、当然、昭和五八年度新入生から授業料の値上げを予定しているはずであるが、これは、公立、私立の格差の最たるものである授業料等の納付金の公立・私立間の差を少なくしようとする方向に逆行するものである。ちなみに、昭和五六年度の納付金の平均額は、私立で四三万二七〇〇円、公立で六万九二〇〇円であるのに対し、本高校における現在の授業料等の年間納付金は、次の通りである。

一年生(円)

二年生(円)

三年生(円)

普通料

二八万五七〇〇

(入学金)

一七万〇〇〇〇

二八万一七〇〇

二六万七七〇〇

商業料

二九万〇〇〇〇

(入学金)

一七万〇〇〇〇

二八万六〇〇〇

二七万二〇〇〇

(三)  世上落ちこぼれや非行が社会問題化している現状に照らせば、私立学校が社会的信用を増大させるためには、特に一定の教育理念に基づくゆき届いた教育を行なうことが必要であるにもかかわらず、この点を無視して、生徒急増期だからという理由で募集人員を増加させることは、現在の在校生のみならず将来本高校に入学するであろう生徒に対してまで、教育条件の低下をもたらし、かえって、将来、特に生徒減少期において、被申請人の存続そのものを危険にさらすことになる。

(四)  そもそも、本件体育館改築工事自体をみても、(1)約一〇ヶ月を要するとされる右工事の期間中は、講堂をも兼ねる体育館が一切使用できず、雨天時の朝礼、講演会、生徒会の集会、体育館での体育授業はもちろん、バレー、バスケット、バトミントン、体操、演劇などのクラブ活動も一切不可能となる。(2)又、本件体育館の周囲には適当な空地がなく、従って、工事用トラックの出入りや工事現場事務所の設置、資材置場などのために、運動場の一部が使用されることは避けられないが、その結果、現在でも狭い運動場の使用は更に制限され、朝礼、体育授業、体育大会などの外、テニス、ソフトボール、陸上競技等の運動場でのクラブ活動も不可能になったり、あるいは著しい制約を受けることになる。(3)更に、本件体育館の直近の校舎内の教室においてはもちろんのこと、多少離れた校舎の教室においても工事期間中は相当な騒音と振動、ほこりなどに悩まされ、授業等の教育活動、学校生活に支障を生じることは避けられない。特に、これから暑くなって教室の窓を明けねばならない時期にはその障害は大きいのである。

四  体育館改築計画についての交渉経過

(一)  被申請人が主張するように、大阪府公私立高等学校連絡協議会(以下「公私連絡協議会」という)が昭和五八年度と昭和五九年度に私立高等学校で生徒の二〇パーセント増員受入れを決定したのは昭和五六年一〇月二二日、学院理事会での改築決定は同月二四日、本高校運営委員会での公表は同月二七日であって、このあわただしい経過をみれば、今回の一〇〇名増員は、事前に学内の意見を十分に聞かないまま、吉田校長の独走によってすすめられたものといわざるをえない。

(二)  大阪私学教職員組合淀之水高校分会(以下「組合分会」という)に所属する教員らは、右公表後何回にもわたって吉田校長との交渉を重ね、生徒一〇〇名の増員とこれに伴なう本件体育館改築計画の問題点を指摘し、その弊害に対する対応策の説明を求めて来たが、吉田校長は予算と改築計画についての説明のみに終始し、教育条件の低下はやむを得ないとして、その具体的対策については一切説明しなかった。又、昭和五七年二月以降、右計画についての本高校の生徒の父母と教員との懇談会が何回も行なわれているにもかかわらず、吉田校長は、同年四月三〇日になってはじめて、父母に対して、右計画を一方的に公表したにすぎない。更に、吉田校長は、同年六月五日に、体育大会(同月一七日施行)終了後すぐにでも本件体育館の取壊工事にかかりたいと発言し、父母らが申請人長澤久美子の父長澤誠一を代表者として、同月一二日付で同校長に対してなした右計画について話合いの場を設けて欲しいとの申入れすらも拒否した。

(三)  このようにして強行されようとする本件体育館改築工事に対し、組合分会は五〇名増であれば、右改築は不要であるとして反対し、父母は、昭和五七年六月三〇日現在、一二五二名中一一八六名(九四・七パーセント)が反対の意思を表明し、生徒達も、実に一二四二名が本件体育館改築計画に反対しており、賛成はわずか一〇名にすぎないうえ、全クラブが改築には強く反対している。

五  被保全権利(教育を受ける権利)

(一)  憲法第二六条第一項は「すべて国民は法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と定め、教育基本法前文は「われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。」と宣言している。更に、学校教育法第四一条は「高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。」と規定している。

右のように、憲法が国民ことに子どもに教育を受ける権利を保障するのは、民主主義国家が一人一人の自覚的な国民の存在を前提とするものであり、又、教育が次代をになう新しい世代を育成するという国民全体の関心事であると同時に、教育が何よりも子ども自らの要求する権利であるからだと考えられる。すなわち、近代及び現代においては、個人の尊厳が確立され、子どもにも当然その人格が尊重され、人権が保障されるべきであるが、子どもは未来における可能性を持つ存在であることを本質とするから、将来においてその人間性を十分に開花させるべく自ら学習し、事物を知り、これによって自らを成長させることが子どもの生来的権利であり、右のような子どもの学習する権利を保障するために教育を授けることは国民的課題であるからにほかならないと考えられる。そして、右にいう教育の本質は、右のような子どもの学習する権利を充足し、その人間性を開発して人格の完成をめざすとともに、このことを通じて、国民が今日まで築きあげられた文化を次の世代に継承し、民主的、平和的な国家の発展ひいては世界の平和をになう国民を育成する精神的、文化的ないとなみであるというべきである。まさしく、教育を受ける権利は人間が人間性豊かな人として成長するために必要欠くべからざる権利として、いわゆる生存権的基本権のいわば文化的側面としての本質を有するものである(東京地方裁判所昭和四五年七月一七日判決・いわゆる家永教科書裁判杉本判決・判例時報五九七号三頁参照)。

(二)  申請人らは、いずれも本高校への入学を認められてここに入学し、所定の学費も納入しているものである以上、当然、被申請人に対して、本高校において教育を受ける権利を有する。右にいう教育を受ける権利は単に教室における授業に出席するだけで充足するものではない。各人の個性能力に応じて教師からの適切な指導を受け、体育大会、文化祭、入学式、卒業式、講演会などの学校行事に参加し、クラブ活動に情熱をもやし、あるいは教師、友人と談笑し、議論し、遊ぶことすらも、生徒の全人格的発展のために必要であり、これらも又学校教育の重要な内容をなすものである。学校としては生徒のこれらの学校における活動をできる限り援助し、それに必要な諸条件(人的、物的設備)を充足するために努力すべきものであって、生徒のこれらの活動の障害となる所為は許されないというべきである。すなわち、被申請人は、申請人らに対して、従前の諸条件を更に向上させることに努力すべきであって、合理的な理由なくこれを劣悪化することは許されない。もちろん、より充実した教育条件整備のための一時的障害、学園生活にさして支障を生じない軽度の障害であるなどの場合は、申請人らにおいても受忍できるし、又、受忍すべきものである。

しかしながら、本件体育館の改築は、学年定員の一〇〇名増を実現させるためのものであり、右定員増には合理的必要性がないばかりか、かえって、一層の教育条件の悪化をもたらすものである。又、右改築のための支障たるや約一〇ヶ月にわたって体育館と運動場の一部が使用不可能となることによって、体育授業、種々の学校行事に重大な障害をもたらし、多くのクラブ活動が極めて制約され、騒音による授業妨害も予測されるのである。しかも、高校生活三年間の中の一〇ヶ月というのは非常な長期であり、その被害は、申請人らのみならず全生徒が受けるのである。かかる工事は、明らかに申請人らの受忍の限度をはるかに越え、申請人らの教育を受ける権利を著しく侵害するものとして、差し止められるべきものである。

六  保全の必要性

吉田校長は、本件体育館の改築から生ずる前記各弊害の除去について何等の計画も示さず、昭和五七年六月一八日にも工事に着工すると言明しており、もし、本件体育館の取壊工事が強行された場合、申請人らは回復し難い侵害を受けることになるので、早急に右工事の差止めを求める必要がある。

(被申請人の主張)

一  申請人らの主張に対する答弁

(一)  申請人らの主張一の事実のうち、本高校が大阪府下でも有数の過密校であるとの点は否認し、その余の事実はすべて認める。なお、被申請人は、昭和一九年に財団法人として成立し、昭和二六年に学校法人となったものである。

(二)  同二の事実のうち、本高校の運営委員会が校長、教頭、教員の代表者、事務長等で組織する学校の教育に関する協議・決定機関であるとの点は否認し、その余の事実は認める。右運営委員会は、校長の諮問機関であって、校長はその構成員ではない。

(三)  同三(一)の事実は争う。本高校の生徒一人当たり校地面積は八・一平方メートルであるが、本高校と同じく大阪市内に所在する私立女子高校の生徒一人当たりの校地面積は、昭和五七年四月現在九・七平方メートルであって、本高校における生徒一人当たり校地面積が著しく狭隘であるとはいえない。なお、生徒一人当たりの運動場面積を比較すると、市内私立女子高校の平均が三・五平方メートルであるのに対し、本高校は四・七六平方メートルである。

同三(二)の事実のうち、被申請人が、本件体育館改築工事のために約四億五〇〇〇万円の費用を予定し、内金三億三五〇〇万円は借入金でまかなうと説明していること及び在校生について授業料の値上げを考えていないことは認める。

同三(三)の主張は争う。

同三(四)の(1)の事実のうち、本件体育館の改築工事の期間が約一〇ヶ月であること、右期間中体育館が使用できないことは認めるが、その余の事実は否認する。

同三(四)の(2)の事実は、すべて否認する。工事用車両の出入り及び資材の搬出入は、すべて本件体育館東側の六軒家川右岸道路から行なう計画であり、新北館南側に最小限度のスペースで作業所、事務所を設置する以外、工事のために校庭を使用し、通行することはない。

同三(四)の(3)の事実は、すべて否認する。本件体育館の解体工事は油圧コンクリート破壊機を使用するので、騒音・振動は最小限度に縮小できる見込みであるし、右工法によると解体に伴なって発生する粉塵も少ないけれども、解体作業中は散水によって更にこれを減少させる予定である。又、新体育館建設のためのくい打ちについては、セメントミルク注入オーガー工法を採るので、騒音・振動は最小限度に縮小することができる。そのうえ、作業所と校舎、校庭の境には防災シート、枠組及び金網を配置し、工事の騒音・粉塵の飛散に対処するとともに、人の通行はできないように配慮している。

(四)  同四(一)の事実のうち、一〇〇名の増員が事前に学内の意見を十分に聞かないまま吉田校長の独走によりすすめられたものであるとの点は否認し、その余の事実は認める。

同四(二)の事実のうち、吉田校長が教員らと話合いを行ない、本件体育館改築の必要性を説明したこと、吉田校長が体育大会直後に工事に着工したいと発言したこと、淀之水私学助成を進める会(準備会)名義の文書によって話合いの申入れがあったこと、及び吉田校長がこれを拒否したことは認めるが、その余の事実は知らない。

同四(三)の事実のうち、組合分会が反対していることは認めるが、その余の事実は知らない。

(五)  同五及び六は、すべてこれを争う。

二  本件体育館改築の必要性

(一)  大阪府下の中学校の卒業生は、昭和五八年度には前年度より約二万人増加し、それ以降昭和六三年度まで毎年増加し続け、昭和六三年度をピークとして、昭和六四年度以降は毎年急減し続ける。この現象に対して、仮に、急増期の生徒の受入れを公立高校にのみまかせると、生徒減少期には公立高校だけで大部分の生徒を収容できることになり、私学は入学者が減少して経営ができなくなることが予想される。

そこで、文部省から昭和五〇年九月一日付で、文部省初等中等局長及び同省管理局長名で各都道府県知事及び同教育委員会宛に、「公私立高等学校協議会の設置について」と題し、中学卒業生徒数の増加に伴なう問題に対処するため、各都道府県において公私の間に「公私立高等学校連絡協議会(仮称)」を設け、今後の公私立高等学校の配置計画について協議し、検討を行なうようにとの通達がなされた。大阪府においても右通達に従い、昭和五三年七月八日に、私学の組織である私中高連と公立高校を所管する大阪府教育委員会との間に、公私連絡協議会が設置され、右協議会において急増・急減期における生徒の収容対策を協議しつつ、それ以降公私立ともその協議に基づいて毎年の生徒の収容数を決定し実施することになった。そして、急増・急減期の対策は昭和五四年九月二六日に基本的方針が定まり、最終的に昭和五六年一〇月二二日の公私連絡協議会における協議より、昭和五八・五九年度において私立高校は府の助成を得て高校進学者見込数の増加分の二〇パーセントを受け入れ、その代わり、昭和六四年度以降の急減期には、公立・私立とも生徒の募集数を減少させて、公立と私立の生徒数が常にほぼ七対三となる現状を維持することになった。そして、私中高連においては、右協議の結果を承けて、昭和五八年度から同六三年度までの六年間の私立高校八二校の生徒収容数と、それに基づく各学校の受入数を算定し、この人数を各学校の責任において受け入れることを決議したのである。昭和五八年度についていえば、私立高校全体で三万四五〇〇人の生徒を収容しなければならず、そのために各学校において、前年度比で約二割増(厳密にいえば、昭和五八年は一・一九一倍で、それ以降年々倍率が高くなり、昭和六三年度には一・二六七倍となる。)の生徒を収容する必要があり、本高校においても、昭和五八年度二学級一〇〇名の増募をする責任がある。

(二)  私立学校は、授業料等の学校納付金と大阪府の私立学校助成金(法律による国の私立学校振興費を含む。)によって経営しており、右の私立学校に対する補助金は教員の充足度・学校納付金等の多少によって各校に傾斜配分されているが、右配分は私中高連の機関である助成配分委員会の具申を経て、大阪府企画部教育課が行なうことになっており、昭和五六年度は本高校への配分額が二億〇二九八万円で、生徒一人当たり一五万七八四一円(大阪府私学生徒一人当たり平均一三万八八八〇円)である。ところが、私中高連の内部には、もし生徒受入増を拒否した学校があればその学校に対する府の助成額はゼロにすべきだとの強硬論もあり、助成配分委員会においても、又、大阪府企画部教育課においても、少なくともその学校に対する助成額の大巾減額を検討することは確実で、もしも、本高校が生徒の前記受入増を拒否した場合には財政上重大な不利益を受けることになる。

(三)  受入生徒数の調整は、公私併願の受験者の関係で従前からいわゆる併願のもどりが多く、募集定員を増やすと事実上生徒を収容しきれない学校等の如く、私中高連の割当数が著しく不適当な場合にのみ、私中高連の承認を得て行なわれることがあるにすぎず、本高校は右のような特別な場合に当たらないから、前記一〇〇名の増募を拒否することはできない。

又、公立においても、昭和五八年度以降の生徒増加分の二〇パーセントは私学が収容することを前提として昭和五八年度以降の生徒受入れの準備を進めているため、仮に、本高校において二学級一〇〇名の増募をしないということになると、昭和五八年度には早速その分だけ高等学校に進学できない生徒が生じるので、私立学校としての社会的責任を果たすうえからも、そのような事態は絶対に避けねばならないのである。

(四)  更に、各私立高校が割り当てられた増募を行なうことは、生徒減少期に経営を維持するために不可欠の要請である。すなわち、公私連絡協議会における公私の同意は、生徒急増期には私立が公立に協力し、急減期には公立が私立の経営が維持できるように協力しようというもので、協議会設置以来三年にもわたる話し合いの結果、双方が約束したものである。従って、私学の側が約束に違反し、生徒の増員を拒否しておきながら、急減期になって私学が経営できるように公立が配慮すべきであると主張しても、公立側がこれを容認するはずはない。

(五)  ところで、本高校において一学年二学級一〇〇名の増員を受入れると、三ヶ年で六学級三〇〇人増となるので、その収容のため、急増期間中に六教室を新たに確保する必要があり、他方、本高校においては現在の施設では不充分な点があり、その充実が要請されていた。すなわち、食堂は適当な施設がないため北館の四階部分に設けたものであり、保健室も暫定的に設けたものであって、かねてからその新設を検討していたが、いずれも新築ができないまま今日に至っていた。又、本件体育館も建築後一七年を経過しており、予算が許されるならば、近代的なものに改築することが望ましい状態であった。

このような状況をふまえて検討を重ねた結果、被申請人は昭和五六年一〇月二四日の理事会において、本件体育館(二階建)を撤去し、その跡に現在とほぼ同じ規模で三階建の体育館を建て直し、一階部分に普通教室六教室を設置し、生徒減少期には一階部分の普通教室を撤去し、食堂並びに保健室を移転するとの構想のもとに本件体育館の改築を決定したのである。

(六)  ところが、この計画に対し組合分会員から、体育館の下の普通教室は極めて教育環境が悪いという反対があったので、被申請人もこれを尊重し、理事会において計画を次の通り変更した。すなわち、三階建体育館の一階部分に、食堂・保健室・小体育室を設置し、増設を必要とする六教室のうち四教室を現在の食堂跡に設置し(但し、右四教室は、急増期後はクラブ室として使用する予定である。)、残り二教室には特別教室を転用し、生徒の急増期には現在の職員室では手狭になるので、現在の保健室の撤去後はこれを第二職員室にする。そして、右計画は、昭和五七年五月二九日開催の被申請人の理事会において最終的に承認された。

(七)  なお、改築費用としては、約四億五〇〇〇万円ないし四億六〇〇〇万円を見込み、そのうち長期借入金が約三億二五〇〇万円ないし三億三五〇〇万円で、残金は自己資金でまかなう予定であり、右長期借入金については日本私学振興財団から二億一〇〇〇万円、大阪府私学振興会から一億一五〇〇万円ないし一億二五〇〇万円を予定しているが、多年度にわたっての借入が認められないので、一〇ヶ月の工事期間を要する体育館の改築を昭和五七年度中、すなわち、昭和五八年三月三一日までに竣工するためには、既に本件体育館の取壊しを開始しなければならない時期的限界にきているのである。

(八)  以上のように、本件体育館改築工事は、本高校の責任である一学年二学級一〇〇名の生徒増の受入れに対処するとともに、施設面における本高校の多年の懸案を解決するために必要不可欠のものである。

三  被保全権利の不存在

(一)  申請人らは本件仮処分申請の被保全権利を教育を受ける権利と主張するが、教育を受ける権利とは理念的、抽象的な権利にすぎず、右権利に基づき本件体育館の取壊しの差止めを求める実定法上の根拠は存在しない。

(二)  私立学校における入学者数の決定・施設の整備は、私立学校の設置者たる学校法人の管理権に属する事柄であって(学校教育法第五条、私立学校法第三六条)、本件における本高校の募集人員の一〇〇名増加、本件体育館の改築の問題も、設置者たる被申請人の権限ないし裁量によって決せられるべき事柄であって、それが濫用にわたらない限り、その当否は司法審査の対象になり得ないのである。本件体育館の改築は、前記の通り、公私連絡協議会における公私の合意に基づく私立高校の責務としての生徒受入増に対処するためのものであると同時に、本高校の施設面での多年の懸案を解決するためになされるものであって、必要かつ合理的な措置であり、管理権の濫用というような場合に当たらないことは明白である。

(三)  仮に、申請人らの主張する教育を受ける権利に基づいて学校法人の権限に属する行為について在校生の側から何等かの制約を加える権利が法的に認められるとしても、前記の通り入学者数の決定ないしこれを受け入れるための施設の整備に関する権限は学校法人に専属するものであるから、在校生の全体ないしほとんどすべてのものが、教育を受ける機会を全く失うとかあるいはこれが著しく損われるとかというごく例外的な場合に限定されるべきである。

ところで、校地・運動場の面積についていえば、前記の通り、本高校が同様の条件下にある市内私立女子高校と比較して特に過密であるということはできず、新たに一学年一〇〇名の生徒を受け入れたとしても、特に教育条件が劣悪化するともいえない。又、本件体育館改築工事に際しては、前記の通り、最小限度の作業事務所を除き、工事用トラックの出入り、資材置場等のために校庭を使用することはないように配慮しており、騒音・振動・ほこり等についても、最小限度に縮少できるように配慮している。授業料についても、在校生については値上げを考慮していないことは前記の通りである。そして、バレー、バスケット等のクラブ活動については校庭で行なうことが可能であり、バトミントンについては食堂を利用できる見込みである。その他、此花区民ホール等代替施設の利用を考慮し、生徒になるべく迷惑をかけないようにするつもりである。

その結果なお、本件体育館の改築工事により、申請人らに何等かの影響があったとしても、それは申請人らが当然受忍すべき範囲内のものであって、本件体育館の取壊工事の差止めを求める根拠にはなり得ない。しかも、本件において差止めを求めている申請人らはわずか一四名である。右人数は本高校全生徒数の約一パーセントにすぎず、かかる少数の生徒の申請によって、本高校全体に重大な影響を及ぼす本件体育館の改築を差止めることが許容されるべき理由はない。

(被申請人の主張に対する申請人らの反論)

一  被申請人は本件体育館の改築が本高校にとって必要不可欠であると主張するけれども、

(一)  まず、私立高校進学者増加見込数の二〇パーセントの受入増を行なうとの公私連絡協議会の協議は、更に私中高連において各私立高校の状況に応じて調整し、又、各私立高校においても検討を加えたうえで、各校毎の増員数を決定していくことになるのであり、現在その調整が進められているところである。すなわち、公私連絡協議会での協議結果あるいは私中高連における増員割当ては、努力目標であって、各校における決定までも拘束するわけではなく、本高校における二〇パーセントの増募を強制するものではない。

増加した高校進学希望者は、まだ十分収容能力に余裕のある私立高校での受入増や相当数の空き教室を有する公立高校の定員増の措置により、あるいは本高校でも可能な範囲である五〇名の定員増(右人数ならば体育館改築の必要はない。)などの措置によって収容可能である。

(二)  又、本高校が二〇パーセントの受入増ができなかったからといって、大阪府からの助成金、補助金等で不当な差別扱いを受ける理由はないし、そのようなことができる法的根拠はない。現に昭和五六年度募集について私中高連の本高校への割当ては二七名増であったところ、右増員受入れは一クラス五三名という生徒数になることから教職員から反対の声がおこり、結局吉田校長は、一クラス五一名として増員は九名と決定し、私中高連での合意内容に達しない人数の募集にとどまったが、それによって何の不利益も受けていない。

(三)  ところで、被申請人は、生徒急増期にその収容を公立のみにまかせると、減少期に学校運営ができなくなる可能性があるというが、これは、私学経営を単に生産設備的発想でとらえたものであり、全くの誤りである。大阪府は、昭和五六年から昭和五九年度まで高校増設は一七校(大阪府教職員組合の試算によれば必要数は三一校である。)に抑え、その結果、公立高校は、一学年一二学級編成、一クラス四七名という過大・過密状態を惹起した(文部省によれば、適正規模は、八学級編成、一クラス四五名である。)。それは、又、私立高校へのしわよせも惹起し、在校生二〇〇〇名を越える学校が八校、一クラス五〇名を越す学校も少なくない状態となっている。しかし、右のような生徒急増期の不正常な状態は、減少期にこそ適正化しうるものである。すなわち、公立高校が一学年八学級編成、クラス定員四五名から四〇名(文部省の将来の基準)と、その規模を適正化することによって、私立高校に入学する生徒数の減少を防止することができるのである。

(四)  そもそも、本件体育館は、昭和四〇年に建築された鉄筋コンクリート造りであり、昭和五四年ころに約一〇〇〇万円の費用を投じて屋根の改修、床の張替工事がなされており、まだ十分に使用可能である。又、計画中の三階建の新体育館なるものは、本件体育館と同一敷地上に建てられる計画であるため、その体育館としてのフロアー面積も本件体育館とほとんど変わることはない。

(五)  なお、被申請人は、現設備(食堂、保健室)の不充分な点を解消して設備を充実するためにも本件体育館の改築が必要であるというが、右説明は本件仮処分の申請があってはじめてなされたものであり、それまで本高校内で問題にされたことはなかった。食堂は、昭和四〇年北館を建築する時点で、既に四階部分に食堂をあて、運搬用エレベーターも設置するなど設備にも留意されたものであり、保健室は、昭和四九年に、日当たりもよく職員室の近くで管理のよい現在の場所に移転したものである。右両者について新設を検討していたのであれば、昭和五三年に新館を建築し、図書室を移転した際、当然問題となるはずであるが、全く議題にもされなかったのである。

二  なお、被申請人は、教育を受ける権利は理念的、抽象的権利にすぎず、そのような権利に基づいて本件体育館の取壊しの差止めを求める実定法上の根拠は存在しないと主張する。

しかしながら、人間たるにふさわしい生活に必須の条件のいずれかが、外部の行為によって侵害の危険にさらされた場合において、右侵害を防止するために右行為を差し止めることはこれまで多くの裁判例によって承認され、学説も国民世論もこれを支持している。そして、差止命令によって保護される権利(人間生活の必須条件)は、必ずしも実定法上の根拠を持った具体的な権利ではなく、場合により日照権、通風権、健康権、静穏な生活をする権利などとして主張され、あるいはこれらの権利ないし利益を総括して人格権なる概念が既に判例上も確立しているのである。教育を受ける権利も、又、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(憲法第二五条)を現実のものとするために必要欠くべからざるものであって、各人の人格に本質的なもの、個人の精神及び生活に関する利益にかかわるものとして人格権の一内容をなすものであり、その重要性、その価値において、平穏で快適かつ健康な生活を営む利益や、日照を受ける利益などに決して劣るものではない。従って、教育を受ける権利もしくは教育を受ける利益を内容とする人格権を被保全権利とすることに何等の支障もないというべきである。

(当裁判所の判断)

一  申請人らがいずれも本高校に通学する生徒であること、被申請人は学校法人であって、本高校(普通料、商業料)を設置し、その経営に当たっていること、本高校は被申請人の肩書地に校舎を有し、本件仮処分申請時(昭和五七年六月一五日)現在、生徒数は一二六〇名であること、本高校の敷地(校地)面積は一万〇三一七平方メートルであり、この敷地に別紙図面記載の通り三ないし四階建の校舎、体育館兼講堂(本件体育館)などが配置されていること、被申請人が、昭和五八年度からの生徒急増期に対応するため、本高校の一学年の生徒収容定員を同年度から一〇〇名増員することとしている一方、本件体育館を取壊しその敷地上に三階建の新体育館を建築することを計画し、遂行しようとしていることは、当事者間に争いがない。

二  まず、被申請人が生徒収容定員増に伴なう本件体育館改築計画を決定するに至った経緯及び右計画の概要について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疎明資料によって一応認定した事実は、次の通りである。

(一)  大阪府下の公立中学校の卒業生は、昭和五八年度に前年度より約二万人増加し、それ以降昭和六三年度まで毎年増加し続けるが、同年度を頂点として、昭和六四年度以降は毎年急減し続ける。この増減は全国的に生ずる現象であるため、文部省は昭和五〇年九月一日付で、同省初等中等局長及び管理局長名で各都道府県知事及び教育委員会宛に、「公私立高等学校協議会の設置について」と題して、中学校卒業生徒数の増加に伴なう問題に対処するため、各都道府県において公私の間に「公私立高等学校協議会」(仮称)を設け、今後の公私立高等学校の配置計画等について協議し、検討を行なうようにとの通達をした。大阪府においては右通達に従い、昭和五三年七月八日に私立学校の組織である私中高連と、公立学校を所管する大阪府教育委員会との間に、公私連絡協議会が設置された。それ以降、右協議会において、急増・急減期における生徒の収容対策が協議され、右協議会の協議結果に基づいて公私立とも生徒収容を実施することになり、その協議が続けられて来た。その結果、昭和五四年九月二六日に右協議会の基本的方針が定まり、昭和五八・五九年度において私立高校は大阪府の助成を得て高校進学者見込数の増加分の二〇パーセントを受け入れ、その代わり、昭和六四年度以降の急減期には、公立・私立とも生徒の募集減を行なって、公立と私立の生徒数の比率をほぼ七対三の現状のまま維持することになった。そして、これを承けて私中高連は、昭和五八年度から同六三年度までの六年間の大阪府下の私立高校八二校の生徒収容数と、それに基づく各学校の収容目標数とを算定し、各学校の責任においてこれを受け入れることを決議した。

右収容目標数の算定方法は、昭和五二ないし五四年度における私立高校全体の生徒収容数(但し、大阪府内出身者の合計数)の三ヶ年平均二万八九七五名を基準として、昭和五八年度から同六三年度までの各年度の大阪府下公立中学校卒業予定者のうちの私立高校全体に対する収容割当数について、収容増倍率を算定したうえで、各私立高校の昭和五二年度から同五四年度までの三ヶ年平均生徒収容数を基準数とし、これに右収容増倍率を乗じるというものである。そして、右収容増倍率は、昭和五八年度が一・一九一倍、同五九年度が一・二二二倍、同六〇年度が一・二二五倍、同六一年度が一・二四六倍、同六二・六三年度が一・二六七倍であり、年々倍率が高くなっている。

(二)  ところで、本高校の基準数は四三九名であるから、収容目標数は、昭和五八年度が五二三名(八四名増)、同五九年度が五三六名(九七名増)、同六〇年度が五三八名(九九名増)、同六一年度が五四七名(一〇八名増)、同六二・六三年度が五五六名(一一七名増)となる(同号証の二)。そこで、被申請人は、その意思決定機関である理事会において、昭和五六年一〇月二四日、(イ)本高校には従前より他府県出身者の入学が少ないことを考慮して、昭和五八年度からの本高校の生徒募集定員(昭和五七年四月一日現在、普通科二〇〇名、商業科二五〇名、計四五〇名)を一学年二学級一〇〇名増とすること、(ロ)右定員増により三ヶ年で六学級三〇〇名増となり、普通教室六教室の増設が必要となるが、本高校には新校舎を建設するための校地はなく、特別教室を転用しても六教室とするには足りないところ、本件体育館は建築後一七年たち補修費も嵩み寿命が来ていると考えられるため、本件体育館(二階建)を取壊し、その跡地にこれとほぼ同一の敷地面積で三階建の体育館を新設し、その一階部分に普通教室六教室を設置すること、(ハ)生徒減少期には右一階部分の普通教室を撤去し食堂を移設することを決定した。

(三)  ところが、右計画に対して、組合分会員から、体育館の下の普通教室は教育環境が悪いという理由で反対があったので、被申請人は、昭和五七年四月一五日開催の理事会において、右計画を(イ)三階建の新体育館の一階部分に、食堂・保健室(いずれについても、理事会においてはかねてより新設を検討していた。)・小体育館を設置し、増設を必要とする六教室については、現在の食堂跡(北館の四階部分)に四教室を設置し、残り二教室には特別新室を転用することとし、(ロ)生徒急増期には現在の職員室では手狭になるので、新たに保健室ができれば、現在の保健室を第二職員室にすることとし、(ハ)食堂跡に設置した四教室は、生徒減少期にはクラブ室として使用することとするように変更した。そして、右計画は、同年五月二九日開催の理事会において、予算措置を講ずる必要があるので、評議員会の意見を聞いたうえで最終的に決定された。

(四)  被申請人は、本件体育館改築費用として、約四億五〇〇〇万円ないし四億六〇〇〇万円を見込んでおり、そのうち長期借入金が約三億二五〇〇万円ないし三億三五〇〇万円で、残金は自己資金でまかなう予定であるが、在校生については授業料の値上げを考慮していない。

(五)  被申請人が本件体育館改築工事を依頼した株式会社竹中工務店は、被申請人の申入れにより、新北館南側に最小限度の作業事務所を設けるほかは、右工事のために校庭を使用することはしないことにしており、騒音・振動・ほこり等についても最小限度にとどめるための工法を採ることにしているし、被申請人は、本件体育館改築工事期間(約一〇ヶ月間)中の代替施設について一応の配慮はしている。

三  次に、前記収容定員増に伴なう本件体育館改築計画が本高校に及ぼす影響について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疎明資料によって一応認定した事実は、次の通りである。

(一)  本高校の昭和五七年四月一日現在の生徒数は一二七四名(三年生四〇一名、二年生四二七名、一年生四四六名)であるから、昭和五八年度から一学年の生徒収容数を一〇〇名(二学級)増員した場合の生徒数は、昭和五八年度が一四二三名〔1274+(550-401)=1423〕、昭和五九年度が一五四六名〔1423+(550-427)=1546〕、昭和六〇年度が一六五〇名〔1546+(550-446)=1650〕となる。

ところで、大阪私学教職員組合小中高校部(以下「大私教」という)の大阪府下の私立高校の教育条件に関する調査(疎甲第二四号証)によれば、昭和五三年度から同五七年度までの学校規模(生徒収容数)、一年生クラス最高生徒数及び同平均生徒数、一クラス平均生徒数の変遷は、次の通りである。

(学校規模)

53年度

54年度

55年度

56年度

57年度

二〇〇〇名以上

六校

五校

八校

八校

六校

一八〇〇~一九九九

一五〇〇~一七九九

一三

一八

二〇

一九

一八

一二〇〇~一四九九

一六

一七

一七

一七

一九

一〇〇〇~一一九九

八〇〇~九九九

七九九名以下

(一年生クラス最高生徒数・平均生徒数)

53年度

54年度

55年度

56年度

57年度

最高生徒数

四八~四九

一五校

一四校

一二校

一三校

一一校

五〇名以上

一六

一四

一三

一二

平均生徒数

四八~四九

一〇校

九校

九校

七校

六校

五〇名以上

(一クラス平均生徒数)

53年度

54年度

55年度

56年度

57年度

四四・一名

四四・一名

四四・五名

四四・六名

四四・一名

又、高等学校設置基準(昭和二三年一月二七日文部省令第一号)第七条は、一学級当たりの生徒数は原則として四〇名以下とすべきであると規定しているが、大阪府企画部教育課の調査によれば、大阪府下の公立及び私立高校の一学級当たりの生徒数の変遷は、次の通りである。

40年度

45年度

50年度

51年度

52年度

53年度

54年度

55年度

56年度

公立

四八・二名

四五・二名

四三・五名

四三・四名

四三・五名

四四・二名

四四・八名

四五・一名

四五・一名

私立

五五・八名

四八・一名

四五・八名

四五・五名

四五・〇名

四四・七名

四四・五名

四四・七名

四四・七名

そして、前記大私教の調査時点での本高校の生徒数は一二七二名であり、一年生クラス最高生徒数は五一名、同平均生徒数は四九・六名、一クラス平均生徒数は四七・一名である。

従って、本高校において前記一学年一〇〇名の増員をしても、他の私立高校もそれぞれ定員増の措置をとる限り、本高校の学校規模が他の私立高校よりも著しく増大するわけではないし、一年生クラス最高生徒数、同平均生徒数及び一クラス平均生徒数についても、ほぼ最高値に近い現状を維持することになる。

(二) 本高校の校地面積は前記の通り一万〇三一七平方メートル、校舎面積は九八九六平方メートル、運動場面積は六〇七二平方メートルであって、右各面積に基づいて計算した昭和五七年度から同六〇年度にかけての本高校生徒数一人当たりの右各面積は、次の通りである(但し、単位は平方メートル。以下同じ)。

57・4・1

58・4・1

59・4・1

60・4・1

校  地

八・一〇

七・二五

六・六七

六・二五

校  舎

七・七七

六・九五

六・四〇

六・〇〇

運動場

四・七七

四・二七

三・九三

三・六八

これに対し、右各面積についての、大阪府下の私立高校全体、大阪市内の私立女子高校及び大阪府下の府立高校全体の各平均、並びに府立高校の建設基準(生徒定数一六二〇名、校舎三万三〇〇〇平方メートル、校舎一万三二五一平方メートル、運動場一万五〇〇〇平方メートル)は、次の通りである。

私立

府立

市内女子校

(57・4・1)

府下全校

(同)

府下全校

(56・5・1)

建設基準

校  地

九・七

二一・〇

二六・二

二〇・四

校  舎

七・七

八・二

九・三

八・二

運動場

三・五

九・八

一一・五

九・三

ところで、前記高等学校設置基準第一七条によれば、校地、校舎及び運動場の生徒一人当たりの面積基準は、普通・商業科について、校地面積は七〇平方メートル、校舎面積は一〇平方メートル、運動場面積は三〇平方メートル(但し、全面積は一万五〇〇〇平方メートルを下らないこと)とされており、大阪府の場合、府立高校の建設基準自体が、校地、運動場面積において、右設置基準を大きく下まわっている。

又、本高校の場合、本件体育館や運動場を使って生徒全員が参加する行事(講演会、体育大会等)を行なおうとすると、スペースを確保するために相当の工夫を要するというのが実状であり、大阪府下の私立高校全部の平均と比較すると、昭和五七年四月一日現在、校地、運動場面積において、半分以下となっているが、本高校と条件を同じくする大阪市内の私立女子高校と比較すると、前同日現在、校地面積が平均以下ではあるが著しく狭隘という域にまでは達していない(なお、《疎明省略》には、本高校の運動場の有効面積を三九〇二・四五平方メートルとし、生徒一人当たりの有効面積を三・〇六平方メートルとする記載があるが、そもそも前記平均値の算出の基礎とされた市内私立女子高校の運動場面積が有効面積ではないと考えられるので、これを比較の対象とすることはできない。)。

(三) 昭和五七年度新入生の入学一時金及び授業料等の経常的納付金は、府立高校が六万九二〇〇円であり、大阪府下の私立高校の平均が四四万九九〇〇円であって、その格差は徐々に緩和されつつある。又、本高校のそれは、普通科が四〇万七三〇〇円、商業科が四一万一六〇〇円であって、被申請人は、本件体育館改築の費用にあてるために在校生の授業料を値上げすることは考慮していない。

(四) 本件体育館は、昭和四〇年三月に完成した鉄筋コンクリート造陸屋根二階建(床面積、一階一〇八四・七七平方メートル、二階二二二・二〇平方メートル)の建物であり、昭和五四年に約一〇〇〇万円の費用をかけて屋根の改修、床の張替え工事をしている。新体育館は三階建で、床面積は、食堂・厨房・保健室・小体育館等として使用する一階が八九二・一〇平方メートル、体育室として使用する二階が一二一二・五五平方メートル、体育室のギャラリーとして使用する三階が一五四・二八平方メートルであり、そのほかに一階部分にピロティー三二六・八平方メートルが設置されることになっており、体育室の規模においては、本件体育館とほぼ同じであるが、全体的に見て本件体育館より近代的な設備となる。又、従来の食堂、保健室の各施設は、それぞれ既存の部屋を転用して暫定的に設置したものであったため施設の充実が要請されており、被申請人はかねてからその新設を検討していたのであるが、新体育館の一階部分の設備はこの懸案を解決するものであって、本高校全体として施設の整備、充実をもたらすものである。

(五) 本件体育館改築工事期間(約一〇ヶ月間)中は、講堂をも兼ねる体育館が一切使用できず、雨天時の朝礼、講演会、生徒会の集会、体育館での体育授業、クラブ活動などに支障をきたすので、被申請人において代替施設の準備及び代替措置をはかっているが、特に本件体育館を利用して活動しているバレーボール、バスケットボール、バトミントン、体操、演劇などの各クラブを中心とする本高校の生徒、教師の不満を解消するまでには至っていない。又、右工事期間中に発生することが予想される騒音、振動、ほこり等については、前認定の通り、被申請人において一応その防止ないし減少策を講じている。

四 次に、本件体育館改築計画に関する交渉の経過及び右計画に対する本高校内の反響について、当事者間に争いのない事実及び当裁判所が疎明資料によって一応認定した事実は、次の通りである。

(一) 被申請人の理事でもある吉田校長は、昭和五六年一〇月二七日開催の本高校運営委員会で、理事会における同月二四日の前記決定に基づいて、生徒急増急減期対策の原案の説明をした。これに対し、同年一一月一〇日開催の組合分会との団体交渉及び同月二六日開催の本高校職員会議において、新体育館の一階部分に普通教室を設置することは教育環境が悪いとの意見が出され、職員会議では全員による反対決議がなされた。その後、組合分会は、同年一二月一五日付吉田校長宛要求書で、教育上の見地から一学年二学級一〇〇名の定員増に反対し、生徒急増期対策としては一学年一学級五〇名の定員増を行なうように申し入れたが、その理由は、現在の空き教室や特別教室を活用すれば、本件体育館を改築しなくても、五〇名の増員は受け入れることができるというにあった。更に、組合分会は同月二八日付の同校長宛の質問書で、昭和五八年度生徒急増分の私学側引受数の計算方法、組合分会の五〇名増案、一〇〇名増の場合の教育上の支障等について被申請人側の考えを問うた。これに対し、吉田校長は昭和五七年一月二二日付文書で回答したが、組合分会を納得させるものではなく、組合分会は、同月二九日抗議のための時限ストライキを行なったうえ、同年二月一〇日付吉田校長宛要求書で、本件体育館は現在使用に全く支障がないので改築の必要がないこと、改築は生徒の父母の負担増につながること、及び改築は結局生徒定員増のためのものであり施設の充実をはかるものではないことを理由に、本件体育館の改築をとりやめるように申し入れた。その後も同年六月九日までの間に、吉田校長と組合分会との団体交渉が数回もたれ、同年三月一五日の団体交渉の際には吉田校長から食堂と保健室を新体育館の一階部分に設置する旨の説明もなされたが、組合分会が納得するには至らなかった。

(二) 一方、組合分会の主催で、教師と父母との懇談会、父母と教師の淀之水高校の教育を守る大集会(昭和五七年四月一八日)、淀之水高校私学助成をすすめる会(準備会)、体育館建て替え・百人増反対集会(同年七月四日)等と称して本件体育館の改築に反対する集会が度々開催され、申請人らを含む本高校の生徒やその父母の一部が参加してきた。そして、右すすめる会(準備会)は、同年六月一二日付要請書で、吉田校長に本件体育館改築問題について同会との話し合いの場をもって欲しい旨を申し入れたが、同校長は、同会の性格がわからないこと及び話し合う必要のないことを理由に、これを拒否した。

(三) 右のような状況の中で、被申請人は、生徒に対しては昭和五七年五月四日付の生徒執行部宛の文書で、生徒の父母に対しては同年六月一四日付の「昭和五八年及びそれ以降の生徒収容について、またそれに伴う学校施設の充実についてお知らせ」と題する文書(いずれも吉田校長名)で、本高校における生徒急増・急減対策及び本件体育館の改築について説明した。これに対し、本高校生徒会執行部の全校生徒を対象にしたアンケートの結果によれば、一二四二名の生徒が本件体育館の改築に反対しており賛成者は僅か一〇名であった。その反対の理由は、工事期間中の騒音、工事期間中の体育の授業及びクラブ活動の不自由並びに生徒数が増加して運動場が狭くなること等である。同じく全クラブを対象としたアンケートの結果によれば、本高校のすべてのクラブが、本件体育館の改築に反対している。又、生徒の父母は、一二五二名(昭和五七年六月三〇日現在の生徒数)中一一八六名(九四・七パーセント)が右改築に反対の意思を表明している。

五 ところで、憲法第二六条が、いわゆる生存権的基本権の文化的側面として、国民に等しく教育を受ける権利を保障し、その反面として、国に対し教育を受ける権利を実現するための立法その他の措置を講ずべき責務を負わせたものであること、及び教育を受ける権利は子供の学習権保障のための権利であることは、異論のないところである。しかし憲法第二六条の規定は、もっぱら国又は公共団体と個人(国民)との関係を規律するものであって、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない。従って、申請人らが、学校法人とはいえ私法人にすぎない被申請人に対し、憲法の右条項に基づいて直接具体的な何らかの権利を取得することはあり得ないのであるから、憲法第二六条第一項の教育を受ける権利そのものを被保全権利とする申請人らの主張は採用することができない。

又、私立学校における入学者数の決定及び施設の整備は、私立学校の設置者たる学校法人の管理権に属する事柄である(学校教育法第五条、私立学校法第三六条)から、本件における本高校の募集定員の一〇〇名の増加及び本件体育館改築の問題も、設置者たる被申請人の権限ないし裁量によって決せられるべき事柄であって、それが濫用にわたらない限り、その当否はそもそも司法審査の対象とはなり得ないものと解される。

そして、右の点については被申請人の意思決定機関である理事会において既に決定をみたことは前認定の通りであるから、これが被申請人の本高校に対する管理権を濫用して行なわれたものかどうかを検討する。なお、前認定の如く申請人らがいずれも本高校への入学を認められて入学し、所定の納付金を納入しているものである以上、その対価として、本高校に就学し本高校の施設を利用しうるという在学契約の一方当事者としての法的地位を有しているのであるから、他方当事者である被申請人がその管理権を濫用して、合理的な理由もなく従来の教育条件及び教育環境を甚だしく改変し、その結果申請人らを含む在校生が本高校において教育を受けることを著しく困難にするような場合には、これに対する司法的救済を受け得る立場にあるものというべきである。

しかしながら、前認定の事実関係に照らして考えると、被申請人が、昭和五八年度以降の中学校卒業者の増加に対する対応策として、公私連絡協議会及び私中高連の決議に添って本高校の一学年一〇〇名の増募を決定したことには、右協議会等の決議が被申請人に対して拘束力を有するか否かにかかわりなく、一応合理的な理由があり、その受入れに対処するため本件体育館の改築を決定したことも、本高校の施設の現状から見れば、首肯できないことはない。もっとも、その結果、本高校の教育条件ないし教育環境が従来より多少悪化することは避けられないけれども、他の私立高校においても昭和五八年度以降の定員増によって同様の結果を招来するであろうことは容易に推認できるのであって、右の現象は本高校に特有なものとはいえないし、又、本高校においてのみ右環境の悪化が特に著しいものと認めるべき資料もない。更に、被申請人は、本件体育館の改築によって申請人らを含む在校生の経済的負担が増大することのないよう配慮し、右工事期間中教育活動に支障を来すことのないよう、工事の進め方についても代替施設の確保についても、万全とはいえないまでも、相当の配慮をしているのであって、被申請人の前記決定がその管理権を濫用してなされたものとは、とうてい言うことができない。

申請人らは、全般的な生徒急増期対策として、公立高校の遊休施設(空き教室)を利用したり、まだ十分に生徒を収容する余裕のある他の私立高校の収容数を増加させたりすれば、本高校において一学年一〇〇名の増募をする必要はないし、一学年五〇名程度の増募であれば本高校においても本件体育館の改築をしなくても収容することができると主張するけれども、これは、被申請人の生徒急増期対策がよいのか、申請人らの対策がよいのかということであって、結局、生徒急増期対策の優劣又は当否の問題に帰着し、司法審査の対象とはなり得ないものという外はない。又、申請人らの主張するように、被申請人が本件体育館改築計画について申請人らを含む在学生及びその父兄らの理解を得るために十分に努力を尽くしたとは言い難い点も窺えないではないが、この点は被申請人における学校運営の姿勢の問題に止まるものであって、前記判断を左右すべき事情とはいえない。

六 従って、申請人らの本件仮処分申請は被保全権利について疎明がないことに帰着し、保証を以て疎明に代えさせることも相当とは認められないから、いずれも理由がないものとしてこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 安藤裕子 長井浩一)

<以下省略>

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